I'm here!
「あ、これブラトップです」
僕はこれからセックスをする相手に敬語を貫く彼女に対する僅かな高揚と、ブラジャーを外すのがセックスの前の1つの醍醐味なのになっていう身勝手な失望の両方を感じながら暗闇の中で彼女を裸にすることに真面目に取り組んでいた。
この日は雨が降っていた。
「19時に錦糸町で」
と、4日前に初めてきちんと話したばかりの職場の後輩(部署は違うけれど)の女の子にアポをとった。後輩の男の子のために同僚が彼女にお願いして組んでもらった合コンに僕もお呼ばれして、後輩の男の子が狙っていたであろう色白で小動物のような顔立ちの彼女にいつも通りの胸に手を当てて考えてもみてもどうしょうもないとしか思えない経験則を駆使して約束を取り付けたのだ。
「かわいい子が入ってきたな」
彼女が入社した際に僕はこんな風に思っていたこともあり、居酒屋にいくまで少し緊張していた。不安症だからな僕は。
「隣の席のタバコの煙が嫌だから公園で少し話さない?」
そんな陳腐な口実で連れ出した気がする。
言い訳を与えてやるところが自分でも慣れてきたなって昔の自分に言う。
「すごく一途でしょ?」
「4年付き合った彼氏がいて、その彼がどうしょうもなくて3月に別れたんです」
「別れて少し経ったくらいだ。けっこう寂しい時期だよね」
「そうなんですよ」
「わかる」
飲みたくもないのに無理して買ったストロングの缶チューハイが無くなる頃には彼女の終電が無くなっていた。
「このホテルが空いてなかったらネットカフェに入ろうか」
駅前のビジネスホテルに入った。
「私はこのまま寝ますね」
「そう、シャワー浴びてくるよ」
なかなか寝付けなくて彼女の方に寄り添ってなんとなく腕枕をした。
それから無言でキスをして無言で僕流のルーティーンをこなしてセックスをした。
でも途中で
「ゴム付けないとやっぱり怖い」
と言うのでそれ以上するのはやめた。
次に気付いたときには朝になっていたのでお互い家に帰ってから着替えて出社した。
「ここまでするつもりはなかった」
なんてワイドショーから聞こえてきそうな陳腐なセリフを頭に浮かべてはその裏でちょっとした満足感も得ていたりしていた。
同じような境遇の同僚に話したら大笑いされて
「相手が好きになっちゃったらどうするの?」
なんて聞かれた。
「やさしくしながら距離をとるよ」
なんて答えた。
「それが一番冷たいよ」
と、どうしょうもない同僚にお前には言われたくないよという一言を言われた。
僕は大抵、好きな人ができたらこうやって周りにはバレバレの好きじゃないふりをする。
それは昔大好きだった彼女達に依存してきたことが影響している。自信がなくて不安症な僕は彼女達を離すまいとありったけの愛の言葉を贈り続けた結果に気持ち悪がられて嫌われてはズタボロになりながら追いかけ続けて挙げ句の果てに捨てられたことからこんな感じの反応をしてしまう。
その頃は本当の意味で自分にやさしくしてやることの意味がわからなかったから他人にばかり無償の愛を求めては突き放されて被害者ヅラしていた。
自分を愛してやれるのは自分だけなのに。
いま思うと惨めだけれど僕には必要な経験だった。
「ていうか、きょう色々冷静になったら後悔して凹んで死にそうでした」
くだらない話を楽しんでいたのにこんなLINEでいきなりシリアスな雰囲気にされた。
なんて返していいかわからないので電話して彼女の話を聞いてあげた。
とりあえず埒があかないので20分くらい堂々巡りの話を聞いてからくだらない話に切り替えて気づいたら1時間半も話していたのでその日は切ってすぐに寝た。
セックスしたのを後悔してるって本人に堂々愚痴るなんていい根性してるよホントとか思いながら瞳を閉じた。
気付いた時には彼女のこと好きになるまいとしている自分がいて、彼女のこと好きなんだな僕はって気付いた。
彼女は昔の僕が依存していた彼女となんとなく共通している部分があって、結局そういう部分て本能に刷り込まれてるから勝てないんだって思い知らされた。
だから飛び込むのは少し怖い。
でもこれまでと違うと思わせるのは僕が積み重ねてきたどうしょうもない経験値で、どちらの意味でも余裕があるからだ。
どうなるかはわからないけれど今のところ僕の気持ちは前向きみたいなのでもう少し様子を見てみようと思う。
とりあえず体調を崩して仕事終わりに彼女とラーメンに行く約束をドタキャンしたことをこの場を借りて謝りたい(誰に 笑)